たまろぐ

音大生/プログラマ。みたこと感じたこと、もくもく書きためていきます。 http://aratamakoto.com

2012-02-01

わたしがプログラマをめざすわけ

いままでのこと、これからのこと。
たびたび見失ってしまいがちなので、今の自分をしるしておきます。


「つくる」ことへのあこがれとコンプレックス

小さいころからずっとピアノを弾いてきたわたしは、いつからか絶対に音楽の道へ進むと信じて疑わず、音大の附属高校に進学したものの、クラスのほぼ半数はピアノ科で上を見ても下を見てもたくさんいる状態に、改めて自分が甘かったことに気づき衝撃をうけました。

ピアノを弾くのは好きだけれど、初見や即興演奏は苦手だし、一日10時間以上弾き続けられるほどのめり込める集中力もない。
このまま両親に高い学費を払ってもらいながらのうのうと大学時代をピアノ科で過ごしたとして、わたしは何になれるんだろう。
作曲の課題を出されてもいい曲なんてまったく書けず、生産的なことなんてなんにもできないじゃないか。
わたしは一生"つくる側"には回れないのかな、ともやもやしていました。


プログラミングという表現手段、ものをつくるということ

そんなとき、オープンキャンパスで知った音楽文化デザイン学科(コンピュータ音楽系)。
PCには日常的に触れていて好きだったわたしは、「コンピュータを用いて音楽やインターメディアアートの創作をする」というこの学科に惹かれ受験を決意。
つくることは苦手だけど、それでもこのままピアノ科に進んだら絶対に後悔すると強く思っていたのを覚えています。

大学で使用しているMax/MSPは、オブジェクト同士を線でつなぐ形式のビジュアルプログラミング言語で、プログラミングの専門的な知識がなくてもあまり困りませんが、基礎としてC言語をすこし学びます。
自分でコードを書いてうごかす、ということが面白いなーとぼんやり思っていたら、先輩からProcessingをすすめていただき、夏ごろから本を読みはじめ、どんどんはまっていきました。

つくることや表現することに対して強い劣等感に悩んでいたわたしが、やっと"つくる側"にまわれたことを実感できた瞬間でした。
このころから、作曲に対する苦手意識もぐっと減ったような気がします。


外の世界を知ってから

1年の秋ごろからProcessingと並行してAS3(+AIR)もやっていたのですが、そのとき購入した「Flashで作る AIRアプリケーション レシピブック」で面白法人カヤックの存在を知り、ご縁あって2011年5月にインターンとして入社。
これまで自分のプログラミングのスキルを客観的に評価してもらうことがなかったため、非常によい経験となりました。

また、ぜんぜん使い物にならないと思ってきた音楽のスキルが、じつは役に立つことに気づいたのもこのとき。
いくつかのBGM/SEを作らせていただきました。
学外のつながりもどんどん増え、一年前にはぜんぜん想像できないところにいま来ていて、来年もそうなっていたいとも思っています。


就職活動をする意味

そうして得たつながりの中で、いま複数のプロジェクトに関わらせてもらっていて、とっても楽しいです。
(もっともっと厳しいのは分かっていますが)フリーのエンジニアさんはきっとこういう感じなんだろうなと。

でもやっぱり、技術的にも人間的にももっともっと成長したいという気持ちはあって。
仲間を見つけて、試行錯誤しながらものを作っていくのはとても楽しいと思うし、今の状態は心地よいけど、技術的な意味で誰かから「まねぶ」機会はあんまりない。
就職をしようと思うのは、たぶんそういうところからなんだと思っています。


自分の根っこの部分、"スキルのおすそわけ"

"自分自身の存在や、自分のつくったものによってひととひとがつながる。
直接的・間接的に自分ともつながってる状態がすき。"
これがわたしの根っこにあるので、プログラミングもそのためのひとつの手段なんです。
でもプログラムをかくのは好きなので、できればそれを使っていきたい。と。

昨年つくったiOSアプリが10万DLされて、Twitterでもまいにち誰かがつぶやいていて。
それを眺めるのは楽しいし嬉しかったけれど、なんだか実感がわかないというか。
「なんとなく嬉しいけどよくわかってない」みたいな、ふわふわした状態でした。
どうやらわたし、顔の見えないたくさんの人たちより、顔の見える目の前の「あなた」が喜んでくれるほうが嬉しいみたいです。

そう思いながら先日ひととお話ししていて気づいたのが、原動力は「モノ」ではなく「人」だということ。
「これが作りたい」とか「この言語を使いたい」みたいな強い欲求は、いまのところ、わたしにはありません。
わたし、人のわくわくに乗っかるのが好きなんです。
そのわくわくを実現させるために、自分のスキルをおすそわけする。
こんなにすてきなことってありません。


これから

どんな状態だと自分が嬉しいのか、だいぶ言語化できてきたように思います。
もっとアンテナを張って、よりわくわくするものへまっしぐらに進んでいく。
そのために、もっともっと勉強して、成長します。

なんだかいま、未来の自分にとっておきのプレゼントを用意しているような気分です。


2011-12-31

転機

2011年は、たくさんの転機にめぐまれた、とても濃い一年でした。


たくさんの出会いがありました。

いろんな新しい世界を見せてくれたり、
わたしの武器を見出してくれたり、
多くのひとたちとつなげてくれたり。

実力をみとめ、評価してくれたり、
困ったときには叱咤してくれたり、手をさしのべてくれたり。

なんだかほんとうに、みなさんからいただいてばっかりの年でした。

直接的なお返しは自身の成長によって、間接的なお返しは"わたす側"にまわることによってきっとできるはず。
いつまでも受け身に甘んじる気はまったくありません。もっともっともっと攻めていきますよ!

きっとたくさん悩んだり苦しんだりもしますが、根っこの部分はもうブレません。
わたしのつくるものや、わたし自身を媒介にして、ひととひとがつながる。
そんな未来を思い描いて、自分のできることを模索していきます。

2012年も、どうぞよろしくお願いいたします。


2011.12.31
たま / あらたまこと
aratamakoto.com
@ar_tama

2011-12-30

卓球とピアノと、じぶんの枠のはなし。

今日、はじめてまともに"卓球"をしました。


本当にド素人だったので、基本を徹底的に叩きこまれること30分。
手首は固定し腰のひねりで打つこと、スピンをかける(ドライブ、というそうだ)こと、振りぬくことを覚え、
初めてフォームを崩さずに3回ラリーを続けることができて、大はしゃぎ。

ただの達成感だけじゃないこの気持ちにふしぎな懐かしさを覚えた自分がいて、はっとしました。

あ、この感覚、ピアノと似てるんだ。

感覚で弾けるレベルなんてたかが知れていて、高校のピアノの先生からは、まずひたすら指番号をふることを徹底しなさいと指導を受けました。
「頭ではわかっているのに、なんだか弾きにくい」というような場所は、どの指でなんの音を弾くのか、頭と指をちゃんと丁寧に"つなげてあげる"ことが大事なんだよ、と。

当時のわたしは、確かそれを煩わしいとさえ思っていた気がします。
とはいえ、どんなに練習しても"つながっていない"ところでは確実にコケるのに、
一回つなげるだけで次からは自然に流れるようになるのがすごく楽しかったのも覚えています。

なにがよくて、なにがだめなのか。すじみちを立てて理解しなければ絶対に前には進めない。
そして、それをくみたてる/つなげる作業は一見めんどうでも、やってみるとすごく気持ちがいい。

今振り返ってみるとこれ、論理的に考えることの訓練にもなっていたんじゃないかとも思います。

わたしは昔から自分はものすっごい運動音痴で、スポーツだって何をやらせてもてんでダメなんだと、コンプレックスに思ってすらいました。
よくなにもないところでコケるし。

でも、どうやらそうやって思い込んで自分を閉じ込めてしまっていただけで、
(もろもろイマイチかもしれないけど!)教えてもらったことを吸収し実践できるだけの力はとりあえず、あるみたい。
そのことにやっと気づけてよかった。


無意識にはめてしまう枠をこわすこと。
すべての道はつながっていること。

あらためて意識した、2011年の晦日でした。

2011-12-29

mochromパーティにいってきた。

12/26に、mochromさん http://mochrom.jp/ が主催するパーティへふらりとお邪魔してきました。
お三方それぞれがジャンルの枠をこえて活動する、とってもわくわくなユニットです。

わたしはもともとクロカワさん(@180mm)をフォローさせていただいていて開催を知ったのですが、
どうやら参加されているかたの大半はサカイさん(@ehita_sakai)づてだったよう。

パーティでは、スパイ混じりの自己紹介大会や、Twitter大喜利など、たのしい企画がもりだくさん。
あっという間の1時間半でした。

サカイさんは会の様子を遠くから眺め、にやりとしている姿が印象的で、
クロカワさんはほにゃっとした笑顔がステキなイケメンさんで、
タカノさんはお面のしゅっとしたイメージを(とっても良い意味で)裏切る、ほんわか素敵ガールさんでした。

いらしていた皆さんの共通点は、「mochromを知っていて、かつmochromに興味を持っている」こと。
ひとつのユニットが、人間が、コミュニケーションのプラットフォームに、媒介になる。
そこで新しいつながりが生まれる。
これって本当に、すごいことだと思うんです。
願わくばわたしも、そうやって世界にコミットしていきたい!

たくさんのわくわくとやる気を充電させていただきました。
すてきな会をありがとうございました!

2011-11-30

“みちすじログ”をはじめてみます。

(10/28)

就活日記(たぶん)そのに。
ここ半年くらいでいろいろなかたとお知り合いになるきっかけをいただいていて、その流れで、いろんな方にお話を聞かせていただく機会も増えました。
たとえばオフィス見学であったり、実際に気になる会社の社員さんであったり。
知りあうきっかけはさまざまですが、お話をさせていただくにあたってのこちらの目的は、ふたつ。

今そのひとがされているお仕事への関わりかたを知ることで、自分の選択肢や視野をひろげること。
「自身を売り込む」ことで、お仕事やさらに新しいつながりを得ること。

あとは、働いているかたのお話を通して会社を知ることとか、これは最近気づいたことなんですが、単純にわたしが人のおはなしを聞くのが好き、というのもあります。
いきいきしているかたとお話しするときの、気づかないうちに凝り固まっちゃっているじぶんの世界がめきめきほぐされ広がる感覚がすき。
せっかくお時間を取っていただくのだから、有意義(と思ってもらえるよう)な会話ができているかどうか、毎回ひやひやしてはいますが…

その中でも、一番たいせつにしていて、これは絶対に聞こう、と思っているのが「そのひとがどんな”みちすじ”をたどっていまのお仕事をしているのか」ということ。
あるひとつの業界の中でも、いろんな職種があって、いろんな関わり方があって、いろんな働き方がある。
あたりまえのことですが、これ、意外と盲点だなって思います。どうしても一辺倒になってしまいがち。入り口も出口も分かれ道もたくさんあるんだよね、と。

何人かとお話をさせていただいているうちに、ひとりじめするのは…というか、お話きいてほっこりして終わりっていうのはあんまりにももったいないんじゃないかと思うようになって。
じゃあ、あるコンセプトに則ってログとして残していくのはどうだろう?という発想にいたりました。

それが、”みちすじログ”。

自分のライフログ、兼、これから就活をしようとしている人への、ひとつのきっかけや参考になればと思っています。
まとめるのは、アポを取ってから実際にお会いするまでの流れと、どんなことをお話しいただいて、逆にこちらの話を聞いていただいて、振り返って自分がどう感じたのか。
内容がデリケートだったりもするので、アップするまえにいちど確認いただくプロセスをとったり、これからはこのお話を事前にしておいて承認を得たり、という手順も必要かな。

たちあげる以前の、このぼんやりした状態から公開するのは、ブラッシュアップしていくプロセスそのものもコンテンツになりうるんじゃないかとも思っているから。
「今の自分」を中心に据えたコンテンツは、自身の興味の移り変わりや成長によってきっとどんどん変容していくと思うんです。
振り返ったときに採れるサンプルは、多いほうがいいよね!ということで。

2011-11-30

「就活」だけじゃだめだと思ってる、クリエイティブな仕事をしたい大学3年生の、就職活動の、いま。

(10/27)

「大学何年?」「3年です」「じゃあもう就活だねー」「そうですねー」
こんな会話をよくするようになって、否応なしに意識するようになりますね。
受験のときにもたしかこういう会話はそれなりにした気がするので、「就活」というものはどうやら社会のしくみの一環なんだなって、改めて思います。

ところで、最近こんな記事をよみました。
“「就活」なんかしたくない、クリエイティブな仕事をしたい大学生のための、就職活動論”
http://d.hatena.ne.jp/leemellon/20111024/1319444099

そうです。そのとおりすぎる。腹をくくり直すことができました。ありがとうございます。
就職を考えている学生はぜったい目を通したほうがいいとおもう。
ここに書かれていることから、目をそむけちゃいけないなって。

“「就活」しなくとも、もし(特に自分の望む方法で)経済的に自立したいのならば、かならずどこかで自分を売り込む努力はしなくてはいけない。自分に具体的な力があることを、具体的に示さなければならない。そして、「私は金になりますよ」と明確に伝えないかぎり、仕事は入ってこない。”


じゃあ自分はというと、「就活」に片足を突っ込みつつ、この方法を取っているつもり。
行きたい道がある程度定まっていて(突然変わる可能性もあるけれど)、その道で必要なスキルはゼロじゃない。
自身を売り込むことで得たつながりは、お仕事や、さらに新しいつながりを生むきっかけになりうるってこと、ひしひしと実感しています。

でも、たとえば中途で採用されるひとたちと肩を並べるだけの力量は、当たり前だけど、ない。
だから、どちらの可能性も捨ててはいけないと思ってます。

ぜったいに忘れてはいけないなって思うのは、
どこの会社だって、どんな人だって、自分(自社)に興味を持ってもらってる、ポテンシャルの高い人といっしょに働きたいんだってことと、
内定をいただくところまでを目的にしてはいけなくって、
その後自分がどう働いてどう成長していきたいか、でもってそれは自分と会社にとって相乗効果を生みうるのか、のほうが大事なんだよね、ということ。
ここがブレてしまうと、後々たいへんなんじゃないでしょうか。採用する側される側、どちらにとっても。

そんなことを考えつつ、本当にこれでいいの?どうしていきたいの?じゃあ今なにをすればいいの?と自問自答を繰り返しています。
今が悩める最後のチャンス!

就職活動のことも、少しずつここでアウトプットしていきたいと思います。
自分でもこの先どうなっていくか予想できませんが、みちすじの記録として。
この「みちすじの記録」にこめた思いのお話は、次のエントリで。

2011-11-30

“ゲームの作り方をWebUIに活かすゲームニクス勉強会"

ゲームニクス”提唱者で、任天堂とともに歩んでこられたサイトウ・アキヒロ氏をお迎えして、
面白法人カヤック 恵比寿支社で行われた講義に参加してきました。

予定では、お話ししていただいたノウハウからの気づきや、どのようにwebへリンクさせていくか、ということを第二部後に参加者同士でディスカッションする時間があったのですが、時間が押してしまい割愛。

<まとめ>
ゲームニクスとは、人をそのゲームに夢中にさせるテクニックのこと。
・そのテクニックはユーザビリティを徹底的に追い求めることで実現。効率と思いやりの融合で、ハードとソフトの徹底的なシナジーによって生まれる。ユニバーサルデザインの7原則とも通じる。
任天堂はユーザのメンタルを察し答えをそれとなく提示すること、ハードウェアの制限を工夫によって活かすことに長けている。
ゲームニクスの実践には、構造に一貫性を持たせ、ユーザが階層・ツリー構造のどこにいるかを常に把握させることが大事。階層構造を廃すのではなく、階層に入るという行為自体を気持ちよくデザインする。